丹生都比売神社(にふつひめじんじゃ/にうつひめじんじゃ)は、和歌山県伊都郡かつらぎ町にある神社である。式内社(名神大社)で、旧社格は官幣大社。現在は神社本庁の別表神社となっている。別称天野大社、天野四所明神。日本全国の丹生都比売神を祀る神社の総本社である。また、高野山と関係の深い神社であり、2004年7月に、ユネスコの世界遺産『紀伊山地の霊場と参詣道』の一部として登録された。
以下の四柱の神を祀る。
第一殿 丹生都比売大神(にうつひめのおおかみ。丹生明神)
第二殿 高野御子大神(こうやみこのおおかみ。狩場明神)
第三殿 大食津比売大神(おおげつひめのおおかみ。気比明神)
第四殿 市杵島比売大神(いちきしまひめのおおかみ。厳島明神)
「丹」は朱砂(辰砂-朱色の硫化水銀)のことであり、その鉱脈のある所のことを「丹生」という。朱砂はそのまま朱色の顔料となり、精製すると水銀がとれる。丹生都比売大神は、朱砂を採掘する一族が祀る神であると考えられている。『丹生大明神告門(のりと)』では、丹生都比売大神は天照大御神の妹神であるとしており、稚日女尊と同一神とする説もある。
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歴史 [編集]
創建の年代は不詳である。『丹生大明神告門』では、祭神の丹生都比売大神は紀の川川辺の菴田の地に降臨し、各地の巡行の後に天野原に鎮座したとしている。『日本書紀』の神功皇后条に「天野祝」の名があり、当社の神官のことと考えられている。丹生都比売神の名の国史の初見は、『日本三代実録』貞観元年(859年)正月27日条である。延喜式神名帳では「紀伊国伊都郡 丹生都比女神社 名神大月次新嘗」と記載されている。
空海が高野山金剛峯寺を開く際に神領の一部を寄進したと伝えられ、高野山の鎮守神とされた。『今昔物語』には、密教の道場とする地を求めていた空海の前に「南山の犬飼」という猟師が現れて高野山へ先導したとの記述があり、南山の犬飼は狩場明神と呼ばれ、後に当社の祭神である高野御子大神と同一視されるようになった。鎌倉時代以降は、高野山上の僧が厳冬期の避寒のための当社に帯在したり、高野山で火災があったときに仮執務が行われたりなど、高野山との関係がより深くなった。修験道の修行の拠点ともなっていた。
鎌倉時代に、行勝上人により気比神宮の大食比売大神、厳島神社の市杵島比売大神が勧請されて、現在の形となった。行勝は若宮に祀られている。鎌倉時代ごろから紀伊国一宮を称するようになった。
現在の社殿は、室町時代に火事で焼失した後に再建されたもので、本殿・楼門が国の重要文化財に指定されている。
近世になって社領が没収され、完全に高野山に依存するようになったが、明治の神仏分離で高野山から独立した。しかし、今日でも多くの僧侶が当社に参拝しており、神前での読経も行われている。大正13年に官幣大社に列格した。